3. 発生メカニズムの時空間的ずれと形態多様性
https://gyazo.com/2ade8a09393061adce7be65608af8f80
イントロダクション
https://gyazo.com/6eb42369f185858628bf3bf678870e59
ヒトと同じく指が5本
両者に共通なのは、指と指のあいだがつながっていること
手の形を変形させて泳いだり飛んだりする
両者で違うのは、指の関節の数
クジラは指の骨の数を増やすことで手全体を大きくしている
コウモリは一本一本の指の骨を長くすることで手を大きくしている
発生過程と形づくり
https://gyazo.com/2e427f68eeb5edb351871a38c6faef10
受精卵からちくわ状の構造ができる頃に、頭の中の眼や脳などの器官、心臓、四肢、内臓などの各器官や構造が同時並行的に作られていく過程 発生過程における各器官の形づくりのこと
https://gyazo.com/4a5d7c80a81bec2cdfc008543888ca7a
体の左右から伸びてきた心臓のもとになる組織が、体の真ん中で融合して、一本のくだを作る
さらに、向かって左側にねじれる
さらに発生が進むと、心房と心室が形づくられ、より心臓らしい形になる https://gyazo.com/9719de4fdbd133cea1723ad4de83679f
神経管は外胚葉由来のくだで、頭の先から尻尾の先まで体の背中側を貫く構造 眼胞は眼杯へと形を変え、水晶体というレンズ状の構造を誘導し、自分自身は網膜へと分化し、全体として球体になっていく https://gyazo.com/6048a6b4a1dee9dcfd06756d5ece2bc5
神経管は、最初は単純な袋状の構造だが、折れ曲がったりヒダができたりして、次第に脳の形が作られていく
大脳や小脳などの構造や機能の違いも、この時期に作られていく 四肢の発生(1):肢芽の伸長と骨格形成
https://gyazo.com/f633982acbaae4ea0a9a5e3de59c0f89
前肢も後肢も、一番根元に一本の骨がある
次に、水色で塗られた二本の骨
前肢では肘から先の前腕部、後肢ではひざから先のすねの部分
手首・足首から先のピンクで塗られた部分が続く
ここにはクジラでもコウモリでも、 もちろんヒトでも手首・足首の骨や指の骨が含まれる
https://gyazo.com/3b56e2b521e700709d8f2b208701c674
https://gyazo.com/a18c71ea4ee3fa353584d714582c5d5d
個体の発生とともに、次第に肢芽が先端に向かって伸びていくのがわかる
https://gyazo.com/89915ea342e7299ebd1894a35eede08c
左の写真の矢印の部分が肢芽
やはり、体のわきの部分から突起ができて、次第に伸びていく
右まで進むと手羽先の形が見えてくる
https://gyazo.com/19a57c21cac8517252fa10626d89514e
特殊な染色と透明化という過程を経て、四肢の中身のひとつ、骨を観察できるようにしたもの 鳥類はヒトとは違って、前肢に指が3本しかない
https://gyazo.com/f6c29fa5b4f01184d7a65508ae29dafb
ニワトリの肢芽の骨の発生の様子を今度は別の染色の方法を使って可視化したもの
左上の4.5日の胚の色の薄い一本の青い線が上腕骨の元になるものです。
真ん中の写真をちょっと拡大してみると、はっきり前腕までできているのがわかる
右下の7日目になると、指が3本はっきりと見える
四肢が発生して骨格を作っていく時、肩に近い一番根元の骨から指先に向かって、徐々に付け足されるように骨が作られていく
そして、さらに伸長しながら、最終的に指先まで付け加えられて完成される
四肢の発生(2):ZPA
https://gyazo.com/3a9d3c5007f21f96d51806da54345039
まだ膨らみ始めたくらいで、骨はできていない
作られるのはまだあとだが、実際には、この時期に指を何本作って、どういう形にするかということは、すでに決められている
呼び方の決まり
「前側」
頭に近い側、あるいはヒトの手で言えば親指側
「後ろ側」
お尻に近い側、あるいはヒトの手で言えば小指側
https://gyazo.com/d133adbc55ccf25d7fe9a4413a116ce9
ニワトリの肢芽の後ろ側の一部を四角く切り出してきて、別の肢芽の前側に移植すると、本来3本しかないはずの指が6本になる
肢芽の後ろ側にあって、移植すると新たに指を作る領域
赤い部分だが、実際には赤い斜線になっている範囲全体にZPAは存在している
ZPA以外の場所をいくら移植しても、指は増えてこない
ZPAはヒトにもマウスにもカエルにも存在する
動物種を超えて、指を作るためのしくみが保存されていることを表している
https://gyazo.com/684aa10078981b3c86328bb50ee404dd
実際に顕微鏡の下でZPAを移植している実験の様子(田村宏治の実験) 左側
ZPAを切り出すもとの肢芽
黄色く色を付けたところが移植するZPA
真ん中
切り出してきたZPA
わかりやすくするために、真ん中に小さな針
白っぽく見えるZPAの組織の幅がおよそ150マイクロメートル
刺した針の太さは20マイクロメートルほどです。
右側
ZPAを移植した後の肢芽
移植したZPAを赤紫色に染めてある
https://gyazo.com/7a078c42aa3a6e60ad9589a93cd55d68
ZPAを移植した肢芽を一週間ほど発生させる
移植したZPAは赤い位置に分布していて、指にはならない
ZPAの領域の細胞は、自分自身で指を作るのではなく、周りの細胞に働きかけて指を誘導している
https://gyazo.com/12c349934685573351a7f29caef1bf60
さらに真ん中から対称に同じ形になっているのがわかる
四肢の発生(3):shh遺伝子と濃度勾配説
https://gyazo.com/5abd03590923004b596c32a4590b496b
ZPA移植で鏡像対称な重複指が誘導される現象が発見されたのは1960年代
ZPAの移植実験による重複指が形成されるしくみを説明したのがイギリスの著名な発生生物学者ルイス・ウォルパート ZPAと呼ばれる肢芽の後ろ側から何らかの物質、たとえばタンパク質のような分子が作られ、放出され、拡散する そうだとすると、ZPAの領域から弧を描くような濃度勾配ができる その上で、濃度の一番高いところに一番後ろ側の指が、濃度の一番低いところに一番前の指ができると仮定する
前側にも赤い四角のZPAが移植されるので、両側から分子が放出される
前側からも濃度勾配ができて、後ろ側からの濃度勾配と合わさって、ちょうど放物線のような勾配が描ける
https://gyazo.com/fcae9730bbd01d50c90655b699660eae
1993年に発見
実際に肢芽の中で濃度勾配を作って、指を作るタンパク質 ちょうど肢芽の後ろ側のZPA領域に、shh遺伝子が発現していることがわかりる shh遺伝子はZPA領域に特異的に発現している
ZPA細胞の中で翻訳されたshhタンパク質は、合成されると細胞の外に放出されます。
そして、矢印の方向に広がっていき、結果的にこのような濃度勾配ができる
https://gyazo.com/45faa137d357982c54cbc60f9bba9ff0
ちなみに、zpaを移植する代わりに、shh遺伝子を肢芽の前側に強制発現させても、右の写真のような、ZPAを移植したのと同じように重複指が誘導されることがわかっている
前側と後ろ側の両方から、このような濃度勾配が形成される
shh遺伝子の発現調節
https://gyazo.com/5a7710694335474cabd6427ea570f819
shh遺伝子がZPAに特異的に発現するようになるのは、エンハンサーという遺伝子の発現特異性を調節する配列が関わる 先程の図を利用して、模式的にshh遺伝子のエンハンサー配列とshh遺伝子の関係を図示してみました。
shh遺伝子は、体のさまざまな構造で使われる遺伝子
構造Aや構造Bで発現するためのエンハンサーがshh遺伝子とプロモーターの周りに存在する
同じように、shh遺伝子をZPAで発現させるためのエンハンサーも存在していて、矢印のようにZPAの細胞だけで機能する
https://gyazo.com/532c227c180c43d8ad87396247744bd3
この図の左側の黄色い部分が、shh遺伝子のメッセンジャーRNAを転写する遺伝子部分
右の方にいくつかエンハンサーが並んでいる
その一番右側の紫色の部分が、shh遺伝子をZPAで発現させるためのエンハンサー配列
この配列は、ヒトだけでなく、たとえばマウスにも、ZPAでshhを発現させている動物はすべて持っている
ちなみに、ヘビは四肢が無いので、指を作る必要がない ヘビの胚には肢芽もZPAも無く、したがって、ヘビのゲノムではこのZPAエンハンサーが働いていない
下: エンハンサーがプロモーターと連結して遺伝子の転写を促進している時のゲノム構造の模式図 shh遺伝子の場合も、ZPAエンハンサーがshh遺伝子のプロモーターといくつかのタンパク質を介して連結し、その右側のshh遺伝子を転写する
このようにして、ZPA領域だけでshh遺伝子が発現することになる
https://gyazo.com/a3ab5658d508939428cd63cbe1af792f
ここに示してあるのは、マウスのshh遺伝子とそのプロモーター、そして、ZPAエンハンサーのゲノム配列 人為的にマウスのゲノムからZPAエンハンサーの配列を取り除くと、当然ですが、ZPAでshh遺伝子が発現することができない
右の写真は、ゲノムにZPAエンハンサー配列を持たないマウスで、頭も尻尾も目も耳もきちんとできていますが、四肢だけ生えていません。
一番下の骨の写真では、四肢の骨がほとんど形成されておらず、特に指がないのがわかる
発生メカニズムのずれ(1):ヘテロクロニー
https://gyazo.com/fc7217a33739891e6eabf9f8cf3fe7d1
細長くてヘビみたいだが、四肢を持っていて、立派なトカゲ オーストラリアンスキンクの仲間には、種によって異なる本数の指を持つ動物がいる
https://gyazo.com/1067d240c950692c7a5b0358e0e73ada
この図は、それぞれの種のスキンクの肢芽におけるshh遺伝子の発現状態を示したもの
shh遺伝子を強く発現している写真を赤、弱くshh遺伝子を発現しているものをピンク、発現が見られないものを色なしで表す
遺伝子の発現時期と指の数がとてもよく相関していることになる
言い換えると、shh遺伝子の発現時間を変えることによって、形態の多様性が生み出されることになる
ある一定のしくみで形態を作る時に、そのしくみを時間的にずらしたり、長くしたり、短くしたりと時間的変更を加えること
ヘテロクロニーは動物の形態の多様性を生み出す面白い仕組みのひとつ
発生メカニズムのずれ(2):ヘテロトピー
https://gyazo.com/fb1ad688c0eb7eda745f407f59b45c1a
水かきの有無も肢芽の発生過程における形態形成の違いによることがわかっている 指と指の間の細胞が死んで、ちょうど型抜きをするように、1本1本の指が独立になる
アヒルの後肢芽の発生過程ではアポトーシスが起こらない
https://gyazo.com/6807332789bb15cdf8e97a19315adffb
アポトーシスが起こらないように機能する
この遺伝子が発現した細胞ではGremタンパク質が作られ、このタンパク質が機能すると、アポトーシスが起こらなくなる
アヒルの肢芽では指と指のあいだでGrem遺伝子が発現している
もともとは発現していなかった場所に二次的にある遺伝子が発現するようになって、その場所の形態が変化する
ヘテロトピーもまた、ヘテロクロニーの場合と同様に、遺伝子の発現状態を変えて、結果的に最終的な形態を変化させる
遺伝子の発現を別の場所で起こすわけなので、エンハンサーの配列や構造が変わっている可能性が考えられる ずれを可能にする分子メカニズム(1):減数分裂と組換え
たとえば手足の作り方のしくみは同じで、どの動物もshh遺伝子を使って指を作り、アポトーシスを誘導する遺伝子を使って指間部を作り出す
形態の多様性は遺伝子発現の時空間的な変更によって生み出される
遺伝子が機能する時間を伸ばせば、その遺伝子が作るタンパク質が長い時間機能するので、作る構造が大きくなったり多くなったりします。
逆に、遺伝子の機能する時間を短くすると、作るべき構造は小さくなります。
あるいは、遺伝子が機能する時間を前後にずらして、作る順番を替えたり相互作用を替えたりすることもできる
本来とは別の場所に遺伝子を発現させ、機能させる
遺伝子の時空間的な発現制御は、ゲノムの中の、たとえばエンハンサーによって調節されている ということは、動物ごとに、たとえばエンハンサー配列が違っていることによって、発現状態が変わることが考えられる
https://gyazo.com/cdb1f4c426a9d024a8d7e2744b97de98
例として、指間部でアポトーシスを抑制するGrem遺伝子 この図の内容はあくまでも仮説
この部分のゲノムは、アヒルとニワトリとでは配列が違っているはず
アヒルでGrem遺伝子が指間部で発現するようになるためには、指間部エンハンサーが必要なはず https://gyazo.com/09671e823ff909478d93c5e7107905ee
交叉が遺伝子発現調節が変わるきっかけのひとつになる https://gyazo.com/ae6bfa41da47835b0c40289850782950
減数分裂の時に起こる2度の細胞分裂に先立って、染色体として収納されているゲノムが2倍になります。 この同じ染色体の青と赤
相同染色体の数が2倍になる→合計で4本
4本が細胞の真ん中で並ぶが、そのうちの内側の2本、青の2番と赤の3番の染色体が途中でねじれて交叉しているのがわかる
https://gyazo.com/f4acfb8b288d10cd916cb12ecbe476d3
ただし、交叉と組換えは通常の世代交代の時に起こっていることで、これだけではゲノム配列が変わったり、新しいエンハンサーができたりはしない それでも、この組換えという現象が大きなゲノムの改変を起こすきっかけになる
ずれを可能にする分子メカニズム(2):変異と遺伝
父方のゲノムと母方のゲノムは混ざるが、それ以上の大きな変化はこれ自身では起こらない
父方と母方の形質が混じることはあるが、遺伝子の発現がずれたりするほどの変化はあまり起こらないはず
https://gyazo.com/ed254f4475130d3027b1318990d941e6
ごくまれに正しくない位置で組換えが起こる時がある
黄色い部分がゲノムの同じ場所で、通常ではこのまま上と下で交叉が起こる
組換えが起こったとしても、黄色い部分に大きな変化は起こりません。
しかし、黄色い部分の両側に赤い配列があって、赤い部分の配列が左も右も非常によく似ているとする
減数分裂で相同染色体が並ぶ時に、たまたま真ん中の図のように、左側の赤い配列と右側の赤い配列のところで、誤って並んでしまうことがある
このまま誤った並び方をして、ずれた場所で組換えが起こると、一番下のような組換えが起こってしまう
このような誤った組換えがたまたま起こると、2本の染色体のうち、上の染色体は短くなって黄色い部分が無くなってしまう
一方で、下の染色体は黄色い部分が2つあって長くなります。
上の染色体に由来する生殖細胞は、黄色の遺伝子を持たないので、それを受け継いだ次の世代はひょっとすると生き残れないかもしれない
一方で、下の状態の染色体をもった細胞では、黄色い遺伝子が2つあることになり、これを受け継いだ次世代は遺伝子の機能が変わるチャンスが生まれる
https://gyazo.com/9a5471e336c1c5d33e36fd7f5dd8c1d9
ごくまれにこのような誤った組換えによって遺伝子の重複が起こる 図の左上では、誤った組換えがオレンジ色の遺伝子Aと水色の遺伝子Bの途中で起こっている
次世代では、オレンジと水色の混ざった遺伝子が作られることになる
遺伝子のシャッフリングが起きると、遺伝子Aとも遺伝子Bとも違う情報を持つようになり、新しいタンパク質が作られる可能性が出てくる
図の右上の遺伝子Cでは、遺伝子全体が2つになっている
遺伝子重複が起こると、同じ遺伝子が2つになるので、作られるタンパク質が2倍になるかもしれない
また、重複は、場合によっては遺伝子部分ではなく、エンハンサーのような遺伝子調節領域に起こることもある 下の図では、重複した遺伝子Cの左側、ちょうどプロモーター配列のあたりにバツ印が付いている
ゲノム配列の一部の塩基が別の塩基に、たとえば、aがcになったり、gがtになったりすること 多くの変異は元通りに修復されて戻るが、これもごくまれに元に戻らず、変化したままになることがある エンハンサーの部分が変化すれば、遺伝子の発現時期や発現場所が変化する
遺伝子自体に重複などが起これば、そこから作られるタンパク質の機能が変わる
https://gyazo.com/96c91b0a0cd6e508ad64a76fe137b702
たとえば、ひとつの遺伝子にAとBという2つのエンハンサーがあったとする
それぞれ組織A, Bに発現させるエンハンサー
この遺伝子がきちんと機能するためには、エンハンサーAとエンハンサーBが両方とも働く必要がある
このエンハンサーAとB、さらに遺伝子自身がすべて重複すると同じユニットが2つになる
このように重複が起こった後に、さらにいくつかの変化が起こる可能性が考えらる
片方のユニット全体に変異が入ってしまい、遺伝子の機能が失われる場合もある
見かけ上は何も起こっていないように見えるはず
重複した2つのユニットの片方で、エンハンサーAに変異が起こり、もう片方ではエンハンサーBに変異が起こると、各ユニットは残ったエンハンサーしか使えなくなり、結果として、重複した2つのユニットで遺伝子機能が分化する
これだけでは見かけ上、何も起こらない
ところが、機能分化が起こったうえで、片方のエンハンサーBの部分に、さらに突然変異が入り、エンハンサーの性質、すなわち、いつどこで発現させるかという調節のしくみが変わってしまう可能性もある この場合、重複したユニットの下の方は、組織Aのほかに全く別のところで、たとえば、赤という組織でこの遺伝子が機能できる可能性が出てくる
このように、大規模な重複などのゲノムの再編成と、細かな突然変異が繰り返されることによって、世代が何世代も変わるうちにゲノムの機能が変わり、遺伝子の発現も時空間的に変化し得る
ヘテロクロニーやヘテロトピーなどの遺伝子機能の時空間的なずれを引き起こし、ひいては形態の変化につながる